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2009年5月

2009年5月25日 (月)

セクハラに関して

いわゆるセクハラを被った場合に労災認定はされるのでしょうか?
実際にこのようなことは起こってはならないことですし、また起こったとしても労災申請の可否が分からず「泣き寝入り」してしまうことも考えられ、あまり一般に知られていないことのように思えます。
結論から言えばセクハラによって被った精神的被害・障害等に関しては労災と認められることがあります。
まず平成11年9月14日基発第544号において「(セクハラによる)心理的負担による精神障害等に係わる業務場上外の判断指針」という通達がなされ、被った被害が「業務上なのか業務外なのか」を判断するようになりました。
しかしこの指針ではセクハラそのものの定義が曖昧だったこともあり、平成17年12月に新しい通達がなされています(基労補発第1201001号)。
ここにおいてセクハラが男女雇用機会均等法に定めるセクハラと同じものであることを定義し、セクハラおよびセクハラに伴う変化等を総合的に評価して業務上外の認定がされるとしました。
この「変化等」とは、セクハラ防止の指針を周知しているかどうか、また相談や苦情の対応をどう行っているか、さらにはセクハラ起こった後に会社が講じた対処・配慮等を十分に検討して「被害者の心的負荷の強度を評価する」流れを指すものと考えられます。
ちょっと分かりづらい内容ですよね。
平たく言えば、深刻なセクハラ被害だけではなく、それ以外のセクハラであっても起きた後の職場内での対応が不十分なときは業務上災害と考え労災認定するということです。
換言すれば被害を受けた場合にそれによる障害が業務上なのか業務外なのか判断することが難しいという実態を浮き彫りにしているとも言えます。
昨今はセクハラからパワハラ・アカハラなどの言葉が派生して言葉から喚起されるイメージだけが大きく先行しているような気もするのですが、いずれにしても労働者保護という原点を忘れては語れません。
一般に被害を被った側への気持ちを過小に評価することで擦れ違いが起こりやすいと思われますが、そこは職場内における「風通しの良さ」とともに労使の信頼・合意関係に拠って円満な解決を目指すべきでしょう。

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2009年5月18日 (月)

プリンタ複合機

しばらく前のことですが、定額給付金プラスアルファの予算で新たにプリンタ複合機を買いました。
今まで使っていたそれは性能的に問題は無かったのですが、如何せん印字速度が遅く、大量コピーを要する場合非常に時間がかかってしまい、ストレスを感じていたんですね。
古い機種は化粧箱等一式を丁寧に保存していたため中古ショップでも「良心的な価額で」売ることができ、気持ちよく一新することができました。
新たに購入したプリンタは6色インクなため、カラーコピーにも向いてます。
ところでこのプリンタのインクカートリッジですが・・・高いと思いませんか?
今回の買い換えのケースですと、プリンタ本体は2万円弱なのに比してインクカートリッジセットでは6千円もします。
すなわち3回補充したら本体の価格を追い越してしまうんですね。
技術が進んでいるのだからもっと安い値段でインクを製造・販売できないものなのか・・・
実はこれはミクロ経済学の「価格差別」というテーマになります。
すなわちプリンタを買い換えたときに、普段あまり使用しない人は(ほぼ)プリンタ本体の出費だけで済みます。
ところがしょっちゅう使用する人はプリンタ本体の出費の他にインク代の出費もまかなわなければなりません。
同じプリンタを買うにしても需要によって出費額(負担額)が異なるんですね。
このように市場の買い手を「需要の相違により区別して」「同一の生産物に異なる価格をつけること」が価格差別と言われる手法です。
このケースではプリンタ本体の価格は誰にとっても同じ金額になりますが、必需品であるインクの値段を高くすることで最終的な出費に相違を際だたせて、販売収入および利潤を増加させるということです。
メーカー側が同一のプリンタ製品に対してヘビーユーザーとライトユーザーの区分けをして販売していると言えます。
もちろんこれだけで済む話ではなく、あまりに高いインク代が本当に消費者優先になっているのかどうかなどいろいろな問題は指摘することが出来るのでしょう。
商品一つ買い換えるだけでもマーケティングとしての仕組みに考えさせられます。

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2009年5月13日 (水)

問題意識

前回の更新の続きになるのですが、「「男女共同参画」が問いかけるもの」(伊藤公雄著)に書かれていた面白いエピソードを紹介します。

父と息子が車で事故に遭い、父親は即死し息子は救急病院に運ばれた。運ばれた病院で子供の手術をしようとした外科医が子供を見て驚きこう言った。「私にはこの子供の手術をすることが出来ない。なぜならこの子供は私の実の息子だからだ」と。

このクイズの答えは人様々でしょうか。
なにやら複雑な家庭環境を想起すること必然です。
事故にあった子供と、無くなった父親との親子関係に「ただならぬもの」を感じていろいろ考えるのが普通ではないでしょうか。
しかし(一番簡単な)答えは「この外科医が子供の母親だから」ということです。
外科医は男性であるという暗黙の了解と言いますか、社会的固定観念によるバイアスによって、簡単な解答が導き出せないということなのでしょう。
なかなか面白いですよね。
もっともこのような「抜き打ちクイズ」を出せば、社会生活上もっとも常識的な観念に頼って状況を考えるのが普通でしょうし、この答えが出なかったからと言って盲目になっているとか視点が膠着しているとは私は思いません。
ただこのようなクイズをきっかけにして、何らかの問題意識を持ち、その分野を勉強して実社会にフィードバックさせる作業はとても大切なことだと思います。
しかしながら実務をこなす日々の生活の中では問題意識は常に寡黙なんですよね。
あれ?と思うようなことがあっても、そこで立ち止まって掘り下げることは言葉で言うほど容易くはありません。
たとえば年金相談で尋ねられることの多い「所得税の103万円の壁問題」や「社会保険の130万円の壁」などがその代表とも言えます。
これらの「壁」によって就労形態を(意に反して)変えてしまう方々も、やはり多くおられるのです。
そこで理想論を勧めることはできませんし、ましてその理想論を正義正論だと勘違いして押しつけてしまうのも論外でしょう。
私は労働とジェンダーの専門家ではありませんし、知識もまるでありませんが、ここ最近の読書を通じていろいろ考えることが増えたような気もします。

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2009年5月11日 (月)

男女共同参画

このGWに男女共同参画に関する書籍を2,3冊読みました。
特に強い興味のある分野ではないのですが、この言葉(法律)が生まれて数年、いろいろな場所で目にすることが多い言葉なのでせめてその概要だけは知っておこうという好奇心からです。
現状の施策にはいろいろな問題もあるみたいですが、そもそもこの男女共同参画という言葉を選ぶまでにも様々な紆余曲折があったみたいですね。
「男女平等」という言葉を使えないのか、という意見を中心に法の名称を巡ってかなりの時間を費やしたとか。
この辺は後期高齢者医療制度と通じる部分もありますね。
また男女共同参画という言葉とセットになって語られることが多いのが「ジェンダーフリー」「フェミニズム」などの用語です。
これらは人口に膾炙している用語であるにもかかわらず、その定義が曖昧模糊としていることに驚かされます。
用語から連想されるイメージで語られることも多いから誤解を招きやすいのでしょうか。
加えて昨今の流行語である「ワークライフバランス」も引用されることが多いですね。
いずれにせよ初学者にとっては用語の正確な定義から理解しないとならないので、論旨を汲み取るにはそれなりの時間がかかるような気もしました。
男女共同参画という理念に基づいて行われる施策には社会保険・労働保険に関わる分野も多いですし、労働法そのものを扱うことも頻繁です。
また現行の年金制度は男女の区別を明確にして、両者ではその給付体系(給付内容・給付時期)もかなり異なっています。
たとえば遺族給付における中高齢寡婦加算や経過的寡婦加算などが代表的な例ですし、遺族基礎年金も母子福祉年金が基になっていますので、給付における「男女差」を想起するには十分な内容です。
また離婚時年金分割制度はそれらとは一線を画した新しい時代の年金制度の在り方を模索して作られたと言えるのでしょう。
制度として確かに「男女差」があるとはいえ、どこが決定的な問題なのか、もしくはそれがどのように顕在化しているのか、一朝一夕の勉強では指摘することは難しいなと感じます。
労働法の分野でも然りですよね。
なかなか面白い読書体験をすることが出来ました。

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2009年5月 3日 (日)

年金手帳の余白

普段仕事で目にすることの多い年金手帳ですが、この年金手帳は他の公的保険証とは違って記載されている情報量が少ないと感じませんか?
氏名や生年月日、それに基礎年金番号は記載されていますがその他の情報はほとんど書き込まれていません。
私の場合、転職をしているので「国民年金の記録」というページにある「第2号被保険者以外の被保険者用」というスペースに入社・退社の年月日等が書かれてありますが、では「厚生年金保険の記録」というページにそれに呼応して何か記されているかというと、全く記されておりません。
そもそもこの「第2号被保険者以外の被保険者用」という言い回し自体がきわめて難解で不親切な表現だと思うのですが・・・
それは兎も角、実は年金手帳の余白は本人の心覚えとして記すため設けられており、たとえば会社に雇用されときや退職したときに何かが自動的に記されるものではないのです。
もちろんそれ自体は悪い制度ではないのでしょうけど、将来年金を受け取るときに必要なので大切に保管して下さいと銘打っている割には、あまりに情報量に欠ける代物と言えます。
基礎年金番号さえあれば端末で加入履歴等を調べることが出来るので余計な書き込みはしない・・・という心積もりなのでしょうか。
しかし社保の窓口等で調べて貰うときも、手元にある年金手帳に何らかの記述がされてあった方が安心できるでしょう。
いざ自分の年金を調べようとして年金手帳を取り出してみたら、ほとんど真っ新の状態で不安になった・・・
実際にそのようにこぼす方もいらっしゃるのです。
なぜこんなにも無駄が多いのか?
詳しい理由は分かりませんが、年金手帳一冊をとっても国民目線で運営しているとは言い難いものを感じます。
なんとも不可解ですよね。

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